四人目 下








「貴族や王族が着替えるときは普通、突っ立ってるだけでいいからさ。召使が全部やってくれるから、むしろ本人は動いちゃいけないんだ。自分一人で着替えようとすると「はしたない」と言ってやらせてくれない。わたしはものわかりの悪い子供だったのだろうな、何でもかんでも自分でやりたがった。城から抜け出すときに色々自分で扮して行ったから、王族らしくないことこの上ないと自分でも思う」

「城から抜け出した?とんでもない王子だな。品がないと罵られても仕方なかろうよ?」

 師範が呆れたように振り返って言うと、ようやく服の着方が分かってきたらしい王子が腰に剣を差しながら笑った。

「はは、違いない。しかし、王子の身分の者なら必ず一回は城から抜け出しているだろうな。色々な国で何人も見た。それに、直接民の暮らしに触れれば何か思うところが出来るのではないかと思う。わたしは王位継承権を放棄しているが、時期王位継承者としていい勉強にはなるだろう。まぁ、きちんと護衛をつけていたから万が一はないだろうし」

「その口調だと自分はきちんと護衛をつけていなかったから万が一があった、と聞こえるぞ?ラフィニア国の王子」

唐突に魔王が口を挟んだ。多少の警戒をこめて王子が顔を上げると、艶やかな微笑みを浮かべる魔王が王子を見ていた。その隣ではレポーターが聞きたい聞きたい聞きたいと書いてあるような顔で王子に注目している。その子供っぽい表情に思わず笑いがこぼれる。

「こら、少年。私が聞きたかったことを先取りするな」

「ええ!?俺じゃないですよ!?聞いたのはディスタですよ!?」

「魔王に対して挑発的な言動をし過ぎると後で色々五月蠅いから少年に八つ当たりしたわけだ」

「うう、姐御がいじめる・・・・・・・っ!つかもう充分すぎるほど挑発しちゃったのでは」

「相手にされていないから問題なしだな」

 うむ、と頷く師範と「それって良いことなのか?悪いことなのか・・・・?」と悩むレポーターに気が軽くなったのか、長い金髪を束ねながら王子が軽い感じで魔王の問いに答えた。

「傭兵ギルドの一員に間違えられて成り行きで魔物退治したり盗賊団のアジトを偶然見つけたら逆に見つかって隣の国まで戦いながら走って逃げたり人身売買の組織に絡まれて頑張って一日で潰したりしたな。細かいものを数えればきりがないが、大きな出来事と言えばそれくらいか?たぶん城の誰にも気付かれていないと思う。会食の時間までには終わらせて帰っていたしな。」

「・・・・・・・・・・。それ全部一人でやったんですか?」

「ああ。誰の手も借りないで城から抜け出して、苦労したよ。今じゃわざわざ抜け出さなくても堂々と出られるからそんな無茶はしないが、昔は本当に無茶苦茶したものだった」

「とんだやんちゃ坊主だったのだな・・・。全く呆れる・・・と言いたいところだが、私も他人の事は言えんな。私も幼かった時分には無茶をしたものだ。武者修行と言って魔物退治に駆り出された傭兵の後にこっそり付いていって獲物をほとんど横取りしたり目撃者は消す!などと言って襲ってきた国の高官の私兵を蹴散らして王の下に直訴に行ったり、一度ディスタカルトの森にも行ったのだが魔王の住処に辿り着くことなく森を突き抜けてしまってな、仕方がないので近くにいた馬賊を叩きのめして憂さを晴らした覚えがある」

 懐かしげに語る師範も積み上げられた服やら武器やらの中から手甲と黒い道着を取り出して素早く身につける。

「・・・・・・・・・・。誰かツワモノが姐御を貰ってくれるといいなあと思う今日この頃ですね。でも俺も魔王をインタビューしてまわってる時点で人のこと言えないような気がしてしまいました」

くつくつと魔王ディスタカルトがこらえきれないように笑う。いまや師範と王子とレポーターは魔のトライアングルと化して周囲の人間を思いっきり引かせていた。女将と魔王の召使達だけは呆れたように三人を眺めていたが、すっかり元の格好に戻った王子と師範が仕切り直すように周囲へと声をかけると、自分たちも元の格好に戻るべく装備の山に歩み寄った。

「他に力に自身のある者は居ないか?わたしと師範殿だけでは手が足りない」

「とりあえずこの邪魔な鉄格子が大量に必要だな。これと浮遊術を使って階段・・・橋を作らねば」

師範と王子がしようとしていることを大まかながら掴めた者達が協力しようと声をあげる。鉄格子を使って橋を作り、魔物の棲む川に入らずにこの場を逃れようというのである。

「俺は力に自信があるぞ」「俺もだ」「私も」数人の大柄な男たちが鉄格子に取り付いた。

「せいっ!」

 とれない。

「ぬうっ!」

 抜けない。

「ふんっ!」

びくともしない。

 師範や王子より明らかに体格で勝る男達がうんうん唸るが、鉄格子はぴくりとも動かない。

「・・・・・・その、つかぬ事を窺うが、あなた方は肉体強化系の魔法を使わないのか?」

 王子が片手で抜いた鉄棒を下ろしながら尋ねると、男たちは首を振った。全員使えないらしいと知って、魔王の召使――インキュバスの少年が拍子抜けしたように言った。

「なんだ、最近の人間は使えないんですか?昔は可愛い娘とかはみんな使えましたけどね。防犯のために」

 赤い髪の少年に続けるように黄の髪の少年が口を開く。

「どーりで最近人間って弱っちいなと思ったんだよねー。昔はさあ、魔物の多い土地にも宿屋があったりしてさぁ、そこで働いてた女将さんとか給仕の女の子もさぁ、いざと言うときお客さんを守るためにみ〜〜んな魔法使えてさぁ、お客さんもみ〜〜んな強くてさぁ、今みたいじゃなかったもんね」

「あーそりゃしょーがないですよ。人間って数が増えれば増えるほど弱くなっていきますからねー。俺がいたトコでも文明の利器に頼ってばっかでヒョロヒョロでしたもん」

 うんうんと頷いて同意したレポーターに、魔王がふと興味を惹かれたといった風な調子で尋ねた。

「じゃあ君は肉体強化系の魔法をかけているのか?フォークトゥリに勝ったんだろ?」

「ああ、あれは」

『魔王フォークトゥリに勝ったあぁぁ!!?』

突然周り中から声が上がって、レポーターは言葉を途切れさせた。

「ちょっ、少年それってホントなの!?」「肉弾戦か!肉弾戦で勝ったのか!?」「嘘つけ魔王に勝てるかァ!」「そんなチビの癖に!?」「ガキがナマ言ってんじゃねえ」「嘘でしょ!?」「見栄はってんじゃないわよ!」「ねえ、頭パー?」「いや、落ち着け、落ち着いてよく考えるんだ」「ほう。凄いな」

 なにやら色々とうるさくがなる周囲を見回し、

「あのー、うるさいんで静かにして下さい」

まずそう言い、

「静かにして下さい」

次にそう言い、

「るっさいんですけど」

 と言った。しかし周囲の喧騒は収まらない。

「あのー、聞いてますか?だまれっつの」

ぎゃあぎゃあ。

「・・・・・・・・最後ですよ。黙りやがれってんですよ皆さん」

わいわい。

「嘘だろ!?」「魔王が偽者だったんじゃないの」「この年頃はよく見栄を張りたくなるからねぇ」「実はボロ負けしたんだろ!」「服焦げてるし!」「お前みたいなチビでみょうちきりんなヤツにあんな山登れるか!」「そうだ!山にすら登れなかったんだろ!」「少年、どんな勝負をしたのだ?」「よく無事で帰って来れたな。魔王はどんな人物だった?」「戦えるはずないだろこんなチビが!」

 

「――――――黙れ」

 

 レポーターが、背中に引っ掛けていた巨大な剣を握る。

 

「つってんだよ―――――」

 

そのまま鉄格子に切りつける。遠心力とレポーターの膂力、それに剣そのものの重量が、大きな風を生んだ。

 

金属音

 

悲鳴は遅れてやってきた。麗人たちの目前で、鉄格子を綺麗に斬断した大剣の刃が静止している。パニックになって金切り声を上げる麗しい囚人達の耳に、ひどく低い、地を這うような声が聞こえてきたのは同時。

 

「―――死ぬかコラ」

 

騒ぎがぴたりと止んだ。

「さぁーて何処のどなたでしょうねぇチビとかチビとかチビとか言いやがった奴は?あン?コラ」

果てしなく黒いオーラを大量に発散しながら実に爽やかな笑顔で笑ってみせるという器用なことをやってのけたレポーターに、「ひいっ」と数人が息を呑む。なにやらチビという呼称が我慢ならなかったようである。レポーターの身長は低いのだろうか。ラジオから声を聞いているだけの聴衆には区別がつかなかった。

「そこの青い目の男と筋肉質の男だったと思ったなぁ」

魔王ディスタが楽しそうな笑顔で指さす。魔王に告げ口された男二人は冷や汗をダラダラと流しながらレポーターを凝視した。

「そ、そんなほそっこいカラダで魔王に挑めるわけねゲブぅあ」

冷や汗を流しつつなおも言い募ろうとした男の台詞に被さってあまり聞きたくない音。

「はっはっは何か言いましたぁー?」

レポーターの無駄に明るい声。

「いっいいいいいいいいやべべべべべ別に俺は何も」

「あっはっはそうですよねぇーまさか俺がチビだなんて言ったのはてめぇですかコラ?」

「ひいいいいいい!?や、やめぐぶゥ」

男の悲鳴に合わせてまたしてもあまり聞きたくない音。

聴衆はレポーターにチビは禁句、と心に深く刻み込んで背中が薄ら寒くなる感覚に耐えたという。

 

 

「ところで、ディスタ魔法使えます?」

ぱっぱっと手についた砂埃を払って「ふう、やったぜ俺☆」的な爽やかすぎる笑顔を浮かべたレポーターだったが、ふとそのポーズをといて魔王に訊ねた。

「まぁ魔王に選ばれるくらいだから多少は使えるが。それがどうかした?」

「この中でも使えるんですか?この結界?ってゆーのの中でも」

「難しいことは確かだけど、使えないことはないよ」

レポーターの意図に気付いているのか否か、意味ありげに笑む視線を向ける。

「あっ!まさかディー様に何かさせるつもりか!?」

召使の一人が声を上げた。

「そうですけど?」

しれっとして答える。いけしゃあしゃあとかぬけぬけととかいう形容詞が全て含まれた態度。

「いくらディー様が気まぐれでもそんなことするわけなっゴッ」

「ちゃんと敬語つかえって言ってるだろアンポンタン」

「だから!ちゃんとディー様って言ってがふぁ」

「黙れサルが」

どんな会話もコントになってしまう二人。罵詈雑言を吐いている方は可愛らしい外見をしているだけにその光景にはどこかシュールさが盛り込まれている。

「とゆーワケでこの人たちを運んで欲しいんですが」

それに魔王が答える前に、一刻も早く脱出を図ろうとせっせと鉄棒を抜いていた師範と王子が口を挟んだ。

「少年、どーゆーワケだかわからんぞ」

「転移魔法?そんな、こんな人数を一気に運ぶ転移魔法なんて酷く難しいぞ」

魔王は指先まで艶めいて麗しいそれを自らの顎に当て、ちらりとレポーターに流し目を送った。気の弱い者ならそれだけで真っ赤になって失神してしまうであろう壮絶な色香が含まれている。本人としてはただレポーターを横目で見ただけのつもりであろうが、蟲惑の悪魔たる魔王の動作の全てには相手を魅了させる魔性が染み付いている。

「言いたいことは全部周りの人間が言ったけど、この結界内で外に出る魔法を使うのは至難の技だ。そのことはわかってるかい?」

「はあ。まあ」

ちんぷんかんぷんといった顔をしながらもとりあえず頷くレポーター。

「それで俺にとって何か楽しいことはあるのかな?」

 まるでそれが一番重要なことだといわんばかりに空中で足を組み、魅惑的な微笑みを浮かべる。周囲の麗人たちはまたぞろそれに赤くなったが、レポーターは全然何も感じていない風にぽむっと手を打った。

「あ、そっちですか!やだなぁ、それなら早く言ってくれればいいのに」

レポーターは妙に楽しげな笑顔で魔王を手招きする。ディスタカルトが興味をひかれたそぶりで近付くと、その耳元に何かを囁いた。

「転移先は、―――にするんです」

確信犯的な笑みを浮かべながらぐっと親指を立てたレポーターに、魔王も共犯者のような笑みを浮かべて「なるほど」と言った。

「それはとても楽しそうだ」

 

 

 

『風よ 集いし風よ 世界を覆う途切れなき絃よ』

 

魔王が詠唱を始めると、レポーターは牢の中に降り立った。

「俺魔法ってやっぱりフォースだと思うんですよねー」

意味不明の発言をするレポーターにツッコミが入る前に、麗人たちが消え始めた。魔王の詠唱はものの10秒程で終ったらしい。

「では少年、さらばだ」

「君は一緒に行かないのか?ここから出る船はもうないぞ」

「元気でね。……ていうかここから出られるの?大丈夫?」

三人三様に別れの挨拶をしてくるのを適当に流し、レポーターは魔王の転移魔法で次々消えていく麗人たちを見送った。

「ああ……天国が……美人のネーチャンたちが消えてゆく……」

そんなアホらしいセリフを吐きながら放送を続けていたレポーターだが、最後に魔王が興味津々の視線を残して消えた後、珍しく溜め息をついてマイクをポケットに入れた。

「ああ……心のオアシスがとうとう全部消え去ってしまいました……目の保養が……」

レポーターの打ちひしがれた声に、全国では同情するか怒るか呆れるかで物凄く悩む聴衆の姿が見られたという。

「えーじゃあ皆さんいなくなりましたし俺はこの崖を登って帰還しようと思いまーす。よっと」

そこで耐え切れず聴衆の一人が突っ込んだ。

「はあ!?登る!?」

その通り、切り立った、垂直というよりは内側に湾曲したこの高さ150メートルにも及ぼうかという崖を登ろうというのである、このレポーターは。

「できるわけねーだろ」

「やっぱ魔王にインタビューなんてしてる奴は頭が……」

「無理無理」

聴衆のツッコミなどものともせず、というか聞こえてないが、レポーターはがっしと岩肌を掴んでロッククライミングを開始した。

 

カラカラカラ・・・

 

レポーターの足元から、脆く崩れた岩の欠片が落ちていく。

「よっ、はっ、・・・おっと」

聴衆はごくりと唾を飲み込んだ。              

 

ガラッ!

 

一際大きな、岩の割れる音がして、聴衆は口から心臓が飛び出るかという心地を味わった。

「おお、俺今足を踏み外しちゃいましたよー。危うく落ちるところでした危ない危ない」

あっはっはと暢気に笑うレポーターはこれわざとじゃなかろうか。

そんな疑念に駆られる者が数多くいたが、勿論マイクの向こう側にそんな疑念が届く筈もなく。

「おーし登りきりました―――っとぉ!?」

人の身でウィザーレルの渓谷を登りきったという偉業をアッサリと成し遂げたレポーターはしかし最後でバランスを崩した。

がしゃん、というマイクの地面に落ちる音、大きな物が風を切って落ちていく音、大きな物が水面に叩き付けられた水音。

『・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・』

全国のラジオの前は静まり返った。

静寂。

静寂。

静寂。

「・・・・・・・・ちょっと待って今の何――――!?」

「死んだ?死んだのか!?」

「はあああああああ!?嘘だろなんだってんだ――!!!!」

「あー、テステス。聞こえますか皆さん」

唐突にレポーターの声が入った。

「いやー、間一髪でしたよー、体重かけてた岩が丸ごと崩れて落ちていくんですからねーあっはっは」

あっはっはじゃねぇ!というツッコミがこの瞬間ほぼ全世界の聴衆の心の中、もしくはラジオに炸裂したとか。

「では、次の魔王〜どこに行くかわかりませんが〜をお楽しみに!サヨナラ〜」

「さんざん心配させといてそれだけかァアアア!!」

「お前なんぞ嫌いじゃ!!」

「まだあるのかよおおおお!」

聴衆たちの心の平穏を乱すセリフを残し、ラジオはぷつんと切れた。

 

 

その頃。

麗人たちの送られた某火山では。

 

「俺の迷惑は無視かあの野郎――――!」

 

魔王フォークトゥリが怒りの咆哮を上げていて。

レポーターは、ウィザーレルの魔王とは似ても似つかないが、ウィザーレル(ハゲ)よりタチが悪いかもしれないと思ったのだった。

 



 


戻る        top