四人目 「フフフ・・・皆さん、俺は今ウィザーレルの渓谷とやらにきています。コレは一応大歓迎なのでしょうか。半裸のネーチャンやニーチャンが大量生産です。しかもみんなまばゆいばかりの美人です。しかもみんな若いです。十三歳くらいのピッチピチの若いコから三十才くらいの色気漂うおねーさんまでよりどりみどりです!俺の好みのネーチャンもいます!男としてニーチャンはいりませんが」 小船で魔王の住居へと向かう少年は、微妙にオヤジくさいことを言いながら牢に入れられた美男美女の前を通り過ぎていく。 どこからか断続的に続く大きな水音がしていて、滝があるのだとその音を聞くものに気付かせる。 恐ろしく透明度の高い水の中を、巨大な魔物が泳ぎ回る。両岸は切り立った崖になっており、まさに渓谷の名にふさわしい。灰色の岸壁の横腹がえぐりとられたと表現しても差し支えないほどに無造作に削り取られ、そこにそれぞれ白い布一枚きりを体に纏った美人の群れ。目鼻立ちの整ったものばかりで、一種の目の保養となるような光景だった。 「助けて!」 「ここから出してくれ!」 「お願い!」 「出して!」 通り過ぎるたびに口々に助けを求める。 「あー、じゃあ今から魔王んとこ行くんで頼んでみますわ。これラジオなんで、何か言いたい事あったらどうぞ」 「本当か!?」 何の気なしにマイクを突き出すレポーターに一番に飛びついたのは貴族らしい高貴な雰囲気を感じさせる美貌の青年。 「あれ、王子様みたいな人がいます。それじゃどうぞ」 ワイヤレスマイクを青年の口元に近づける。 「私はラフィニア国の王子アルフレットだ!警備主任!私がいない間にサボってはいないだろうな?自警団!酒場に入り浸っている者がいたらクビにしろ!警備兵!まさか私がさらわれた後も全く同じ警備をしているんじゃないだろうな?傭兵団!仕事を怠けたら一年タダ働きだ!私が戻るまでしっかり国を守れ!以上!」 一息に言い終えてはーはーと息をつく王子。 「ホントに王子だったんですか。じゃあもし魔王さんがここ開けてくれなかったら帰りがけにこの牢ブッ壊してあげますよー。この川魔物がいるみたいだから簡単には出られないかもしれませんけど」 「では、帰りがけにこの牢の奥の扉を壊して行ってくれ。取り上げられた私の所持品の中に剣がある」 「剣一本だけで逃げ出せますかー?」 「無論だ。」 揺るぎない断定。どうやらかなり腕の立つ武人かと見て取ったらしいレポーターは、小声でマイクに囁く。 「すげー強そうですこの王子さん。国の警備はサボらない方がよさそうですよー」 この時アルフレット王子の母国では王子の行方がようやくわかって大騒ぎになっていたのだが、それとは別に、酒場から慌てて出てきた傭兵や自警団員の姿が多数目撃され、慌てて駆け回る警備主任の姿が目撃され、警備隊長が国の地図を手に警備兵の配置を慌てて変えているのが目撃されていたとか。 「わかりました。がんばってきますよー。他の皆さんは何かありますか?」 すると二十五、六歳の凛とした栗毛の髪の美女が近寄ってきた。 「私はグレゴール道場の師範だが、不覚にもここの好色魔王に捕まってしまった。弟子達に伝えたい。『絶対に魔王をぶっ飛ばして帰る』落ち着いて日常を過ごせ」 どうやら武闘家らしい。鋭いまなざしが印象的だった。 「おお。何か凛々しい姐御ですね。」 「それより少年。少年は魔王のところに行くって言ってたけど本気?」 王子の隣から顔を出した女性が心配そうに声をかける。 「本気ですよ。おねーさんは?」 「あたしは宿屋の女将よ。せっかく新婚だったのにここのスケベ魔王が・・・今頃ウチの旦那が暴れてないか不安だわ。ギルドに呼びかけて魔王討伐隊でも作ってんじゃないかしら」 「そんなすごい旦那さんなんですか」 「う〜ん・・・一応元冒険者だしね・・・今はそこのラフィニア国の王子様の護衛をやってるけど」 急に話題を向けられて王子はきょとんとして考えこむ。 「そうなのか?・・・そうか、もしかしてドリスの奴か」 すると意外そうに宿屋の女将が顔を上げた。 「あら、一部下の名前をいちいち覚えてらっしゃるの?」 「いや、貴女の話は聞いている。いつも貴女の話ばかりしているからな。その上はやく結婚しろとうるさくて・・・いや、失礼」 世間話の様相を呈してきた会話に飽きたのか、レポーターはすいーと小船を進めながら言う。 「あーなんかいろいろ話が盛り上がってますけど俺はとりあえず魔王にインタビューに行くだけなんで。っていうかなんですか、ここの魔王サンはハーレムでも作るつもりなんでしょーか。でもそれにしては何で男がいるんでしょうねえ。もしやそーゆー趣味でもあるんでしょうか。そーいやフォークがそんなコトを言っていたような気もします」 岸から五十センチほどの距離を保って進む小船の横を歩く王子と師範と女将。他の美男美女達もレポーターを見ているが、レポーター一人に魔王がどうにかできるとは思っていないのか、憐憫を含んだ視線を向けている。 「フォークとは?」 王子が聞いた。 「フォークトゥリの火山の魔王ですよ。略してフォーク」 これには三人とも動きが止まった。レポーターは説明するのが面倒だったのでそのまま進んでいった。慌てて後を追う三人。 「魔王フォークトゥリに会ったのか!?」 「そーですよー。一部始終が聞きたければ後でラジオ聞いてる誰かに聞いてください」 説明するのも面倒くさいとばかりのレポーターの言葉に、半信半疑のまま返す王子。困惑した表情を浮かべ、信じかねているようである。 「しかし・・・それの真偽はともかく、君は何故魔王の元へ行く?ここの魔王は美人であれば男女問わず手を出す好色家だぞ。君も危ないが」 「おお。俺も危ないってことは俺って美人?やっほー王子さんに褒められました俺。てかあそこにいるのはどうみても小学せ・・・もとい八歳くらいの子に見えるんですが魔王はロリコンなんでしょうか?」 「ろりこん?」 「小さな幼い女の子が好きな変態のことです」 「「「それだ。」」」 ここばかりは譲れないと三人揃った声に聴衆は『魔王って変態なんだ・・・』という認識を新たにしたとか。 「でも少年、確かにここの魔王は変態だけど強いことに変わりはないわ。少年もそんな大きな剣背負ってるくらいだからそれなりに強いんだろうけど、それだけじゃ魔王には勝てないわ」 女将が心配そうに声をかける。 「私は魔法は使えないが武術にはある程度自信がある。だが、あの魔王には勝てない。金属を操るのだ。私は主に素手で戦うのだが、家の台所から包丁や鍋が飛んできてな・・・私にとって鬼門である台所から攻撃が来るのは正直とても怖かったぞ」 しみじみと語る師範。 「なんつーか、こう・・・一生お嫁さんにはならなそーな人ですね」 「ん?今何か言ったか?」 「い〜〜〜〜〜〜〜〜え、何も。それよか、この牢どこまで続いてるんですか」 河の両側にそそり立つほとんど垂直の崖。その横腹が削り取られ、鉄の格子が埋め込まれ牢になっている。人が立てるくらいの高さは充分にあり、奥行きは三・四メートル。それがうねる蛇のように先まで続いている。 「向こうに行ってみたことはあるが、魔王の住処の近くまで続いていた。流石に繋がってはいなかったんだが」 と王子が述べ、 「そういえば今日は誰も連れて行かんな。もし私の番だったら●×▲を蹴ってやろうと思ったが」 と師範が気付き、 「そういえば綺麗な青い髪の人が魔王の住処に入っていったのを見たわね。男か女かはわからなかったけど風に乗って空から来たから魔族じゃないかしら」 と女将が報告した。 レポーターは首を傾げて考えこむ。 「青い髪・・・?美人でしたかー?」 「ええ、何だかセクシーな美人だったわよ。アラ、こんな事言ったらダンナが泣くかしら」 その女将のセリフに、腕を組んで大きく頷く王子。 「間違いなく泣くだろうな、あいつなら。まあドリスはどうでもいいとして、その青い髪の魔族がいるから我々を呼びつけないのかな?」 腕を組んだままレポーターを見る。 「いやー俺に聞かれても困りますけどね。青い髪の魔族なんて一人しか知らないし。っていうか魔族なのか?てなカンジだし。一応ここの魔王と知り合いでもおかしくはないですけどねえ。気まぐれだからイマイチ何考えてるのか分かりませんし」 「気まぐれ・・・気まぐれな魔族・・・魔王と知り合いでもおかしくない・・・何か覚えがあるような・・・」 師範が言いよどむところに、王子が閃いたように答えた。 「まさかディスタカントの魔王か?いや失礼、ディスタカルトだ。彼の魔王は魔族の中でも特に気まぐれで有名だ。」 すると王子の閃きを師範が何の根拠もなく肯定した。根拠は?と聞かれたら「そんなものは勘と偏見で充分だ。」と答えそうな勢いで。 「プライドのやたら高そうなあのスケベが何の躊躇いもなく城に迎え入れるとすれば、おそらくそこあたりの美人だろうな」 「その魔王がここに来てるんですか。へー。どうしましょうかね」 「何をどうすると?」 師範が尋ねる。 「いやー、二人でかかってこられたら流石の俺も生きてられる自信はないってだけですよ。あーどーしよーかなー」 さして困った風でもなく言う。平坦で真面目に考える訳でもなさそうな口振りに女将が苦笑して言った。 「その気まぐれに賭ける他ないんじゃない?」 人の生死が関わるというのにあっけらかんとしているのは元勇者を夫にもつ者ゆえの割り切りの良さだろうか。それとも、レポーターが引き返すことは絶対にないと悟ったゆえだろうか。どちらにしろ、彼女は優しく苦笑していた。 「それしかないですねー。乞うご期待!ッてなカンジで」 自分の生死に関わるというのにあっさりとまとめる。それは、いざとなったら逃げられるという余裕なのか、頭のネジがぶっ壊れているのか、囚われの麗人たちには区別がつかなかった。 「あ!皆さん見えてきました岩でできた城です!いや、岩じゃありません!金、銀、銅、これ以上分からないんでその他もろもろの金属を使って豪華絢爛、キラビヤカな城です!あまりの悪趣味さに目が眩みます!こう、日の光にギラギラと輝いて、長く直視していると目が汚れそうです!」 一目見た途端のものすごい扱き下ろし様である。喧嘩を売っているとしか思えないレポーターの行動に唖然とする囚われ人たち。レポーターは見たところ血気盛んな年頃の少年だが、ここまで怖い物知らずとは。そもそも、思春期の男子は好戦的で然るべきだが、しかし。 聴衆はほとんどの者が真っ青になったし、先程からさんざん魔王を扱き下ろしていた三人までもが反応した。 「それには全面的に同感だが少年、多少行動に思慮が欠けているぞ」 「いや、人生にはたとえどこからどう見ても悪趣味であっても褒めねばならない時が・・・じゃなくてだ!ここは魔王の居城だぞ!?」 「子供みたいな真似して、一体幾つよ少年は!」 三者三様の反応を面白がっている風情のある少年は、最後の女将の問いに軽く眉を挙げて答えた。 「俺ですか?たぶん十六ですが」 『十六ぅ!?』 国中、いや世界中の聴衆は驚愕の声を上げた。今までの、ワーウルフと戦ったり流砂の砂漠を踏破したり魔王と戦って勝ったという色んな意味でとんでもないこのレポーターはまだ十六歳! 「っていうか本当は十五か十六か十七くらいだろうなーって思って真ん中を取って十六歳なんですよねー。カガヤける高校一年生ですよ」 「コウコウイチネンセイ?」 言いにくそうに繰り返した王子を、レポーターは意外そうに見た。 「あれー?驚かないんですね」 もっと仰天したら面白かったのに、とぼそりと呟いたレポーターには気付かずに王子は頷く。 「いや、多少は驚いたが、幼くして伝説になるほどの力を持った勇者も歴史上存在しなかったワケじゃない。なら充分ありうることだし、それに時間を無駄に使うのは好きじゃない」 魔王に捕らえられるまでは国の警備・軍事政策に多忙な日々を送っていた王子ならではの冷静さである。 「見上げた心掛けですねえ。コウコウイチネンセイって言うのは高等学校に通い始めて一年未満の学生の事ですよ。ラジオの前の皆さんは理解できましたか?」 「コウトウ学校ってどこの学校だ・・・?」 と王子が呟く声が聞こえたが、ラジオの前の聴衆も同感であったらしい。 「まあ分かる人がいたら驚きですけどね。そんな深く考えなくてもいいですよ。わかりませんから」 きっぱりと言われて三人の麗人と聴衆は不可解な表情を作ったが、麗人たちはレポーターの乗った小船が城に近付くのを見て流石に心配そうな顔になった。 「少年、勝算はあるのか?」 師範が城の方を睨みながら尋ねる。少年はあっさりと答えた。 「ありませんよ」 あっさりとした。 あまりにもあっさりとしたその返答に。 三人は一瞬言葉を失った。 「・・・しかしそれでも君は行くのか?私たちは加勢も何もできない」 王子が武人らしく無骨な、しかし貴族らしく優美な手を握り締める。 「大丈夫ですよー、たぶん。どっちにしろインタビューはしなくちゃならないし、まぁ襲われないように気をつけますよ」 おそらくは己の無力をかみ締めているのだろう王子に、別段気にした風もない軽口を叩く。 小船は次第に城に近付き、細長く続いていた牢獄も途切れようとしていた。 「さあーて皆さん!スケベで評判の魔王さんのところに突撃です!あの城を見ていると行きたくなくなるのがちょっと気になるところですがとりあえずそれはナシの方向で!それではレッツゴー!ってあれ?」 レポーターのハイテンションに呼応するかのように、轟音が響いた。 あっけに取られる人々、何が起こったのかわからずに声を上げる人々の中、レポーターが冷静に状況を説明する。 「皆さん、聞こえたでしょうか。あの悪趣味な城が崩れました。正確には正門扉の上の壁が崩れました。大きな穴が開いています。というかなんというか、崩れてもなおギラギラと悪趣味に輝いているところにウザいくらいの執念深さが感じられます」 ここまで言うかとばかりに扱き下ろすレポーター。本当は華麗で荘厳な城と言えないこともないのだが、レポーターのお気に召さなかったようである。 ふと、崩れた城から人影が飛び出た。そのまま速度を落とさずに飛び去る。 「アレは一体なんなのでしょうか。なんかパツキンのニーチャンのように見えましたが」 「パツキン?」 「キンパツです」 「金髪の・・・男?それはウィザーレルじゃないか?」 レポーターの言葉を聞いて首を傾げる王子に、師範がもっともらしく頷く。 「うむ。あの派手な金髪はまず間違いなくセクハラ魔王のものだ」 無駄に偉そうな師範の隣で、ビリジアンの瞳を瞬かせて女将が川面を指差した。 「あたしにはよくわからなかったけど・・・怪我、してたんじゃない?川に血が落ちてるわ」 女将の指差した先では紫色に変色した水が今しも水底に沈もうとしているところだった。 「少年。少年の船にも血が落ちているぞ」 師範の声に船を見ると、魔王の血は木製の船を溶かしていた。 「うわおう。怪我をして飛び去った魔王さんの血が船に穴を開けました。なんか船が沈みそうです。迷惑千万です。しかし紫色の血とはまた悪趣味です。」 のんびりと魔王を扱き下ろすレポーターに、慌てて女将が手を差し伸べる。 「何のんびりしてるの、速くこっちに!」 みるみる船のなかに水が流れ込み、レポーターのズボンを濡らす。 「あー制服って高いのに。しょうがないですね」 と立ち上がる。その拍子に船がぐらりと傾ぎ、レポーターがバランスを崩す。 あわや水の中に落ちようかという、その瞬間だった。 ゴウッ 突然の突風に女将が悲鳴を上げた。 「面白いね、人間」 艶麗な声が響いた。 |