とある吸血鬼の葛藤
 
 
「うぐぐ・・・!いやだ飲みたくない・・・!」
 
「ンなこと言われても、俺の血しか受け付けないんだろ?」
 
「嫌だ・・・!飲みたくない・・・!気色悪い!」
 
「俺だって男に噛み付かれんのは御免だね」
 
「うわあああやめろ近付くなこっち来るな!」
 
「どーせ結果は同じなんだからさっさと済ませろよ」
 
「嫌だ!男なんて!女が良いんだ!しかもよりによってお前のようなゴツイ男!女性的だったらまだしも良かったものを!ぐううウ・・・・!近付くな!」
 
「だからどーせ最後には俺の血吸うしかないんだからさっさとすませろっての。俺だってヤだし」
 
「ウ・・・ウウ・・・ぐウ・・・!ち・・・か・・・・・づくな・・・!」
 
「・・・踏ん張られても困るんですけど。あ、写真でもとっとくか。『苦しみに悶える美青年―彼の理性は吹き飛びかけていた―』とか題名つけて」
 
「ふざけるなっ!っウ・・・!」
 
「・・・しゃーねーなー。俺が苛めてるみたいじゃん」
 
男は溜め息をついてナイフを取り出し、自分の指先を浅く切る。
血が、じわり、と滲んだ。
 
「ッ!ヤメ・・・ウ・・・」
 
それを見た青年がさらに辛そうに呻く。
 
「・・・っ、・・・・!・・・・っ・・・・・・!」
 
息も絶え絶えといった様子で、震える手で口を押さえる。
 
「オラ、さっさとしやがれ」
 
男はなげやりに指先を吸血鬼の口元に近付ける。
吸血鬼が一際大きく震えた。
 
「・・・・・・・・・・」
 
震えは完全に止まり、前屈みだった背筋がすらりと伸びる。そのまま優雅な動作で血の滲んだ指先をすくいとり、傷口に口付けた。
 
「手短にしろよ」
 
言っても無駄なことは分かっている。完全に血の渇きに支配されている今、眼前の吸血鬼には吸血願望しか残っていない。この吸血鬼はこうなると完全に無敵だ。誰が何をしようと、誰が何を言おうと、自分の行動を変えたりはしない。
 
滲んだ血を執拗に舐めるその舌から手を取り戻すと、手入れの良い綺麗な手がこちらの喉首を掴む。その手に、首筋に流れる血潮を感じたからだろうか、優雅に唇を吊り上げる。迷いのない獣のような澄み切った眼がこちらを見やる。
 
クス  クスクス クス
 
忍び笑いが漏れる。
 
 
「――――――――――」
 
 
喰われる
 
そう強く感じる。
 
さらりと流れる紺色の髪が頬に当たり、逃げそうになる身体を必死で抑えつける。逃げようとすればどんな目に会うか分からないのだ、今のこの状態は。
 
指先が首筋を這い回る。冷たい吐息が耳の下にかかり、冷たい舌が血管の上を探る。
 
「――――――っつ」
 
牙の感触。肌を食い破って血管に到達する。
 
ピチャ、
 
血を啜る音。
獲物をいたぶるように、ひとおもいに噛み殺したりはしない。
 
ピチャ、
 
血を啜る音。
きっと吸血鬼は愉悦の笑みを浮かべているのだろう。
 
更に深く牙が食い込む。
それを小さな呻きだけで乗り切る。
 
吸血鬼の尖った舌が傷口に抉り込まれ、痛みに身体が震えた。
その震えをどう取ったか、口元を血で濡らした吸血鬼が顔を上げる。
 
ひやりとしてその顔を見下ろすと無邪気で残酷な笑みを浮かべた美貌が覗き込むように近付いてくる。
愉楽の焔が燃える瞳が、ふと光を変えた。
正気に戻ったか、と男が微かに安堵の息を漏らしたのも束の間。
 
 
「うわっ!気色悪い!」
 
とたん飛び離れるように後ずさる。
 
「血を提供してやった礼は無しかいクラ」
 
流石に険悪な顔をして毒づくと、吸血鬼はバツの悪そうな顔をしたものの即座にこれだけは譲れないといった風に返す。
 
「不味い血を飲んで礼など言う気になるものか!」
 
「これしか飲めないくせに我が侭言うんじゃねー!」
 
「不本意だ!横暴だ!理不尽だ!」
 
「それはこっちのセリフだっ!」
 
 
これが普段典雅で人格者な吸血鬼と普段有能で勇猛な貴族出身のエリート将校の会話だと、一体誰が気付くだろうか。
 
 
「筋骨逞しく血の不味い男などが、なぜ我が糧に指名されたのだっ!?なぜっ!?せめて女!せめて女だろう!?」
 
 
 
生きるために血を吸わなければならない吸血鬼の、ちょっとした葛藤は今日も続く。

 

















もどる