三人目 「さてみなさん今日も魔王に突撃インタビュー!の時間になりました。もうすでに日も高くのぼり、見事な晴天模様です!今日はフォークトゥリの火山に来ています!」 ゴゴゴゴゴ・・・ 低い地鳴りがひっきりなしに聞こえ、あちこちの地面にあいた穴からは地鳴りのたびに熱湯が湧き出ている。 木が一本もないごつごつとした岩場を、黒い服を着た少年がひょいひょいと歩いている。 「しかしあつい!あついです、ココ!ちょ――――アツイ!なんか変なニオイがするし温泉はわいてるし向こうの方では煙が出てるし、なんでここの魔王はこんな所に住んでるんでしょう!?物好きというか、悪趣味というしかありません!」 「だぁ〜れが悪シュミだァ?あァン?コラ」 ラジオの聴衆は心臓の跳ね上がる思いを味わった。 「きゃあああ、お父さんが心臓発作を!」 「ゲンさんが喉にイモをつまらせたぞ!」 「大変!妊婦さんが産気づいたわ!」 世界中に様々な緊急事態を告げる声が響き渡る。「いい、しっかりして、私の呼吸に合わせてね。ヒッヒッフーッヒッヒッフー」だのという声も聞こえたが、多くの人々はごくりとつばを飲み込んでラジオを見つめた。 「アドバイスどおりあいつの所へいったのか。さて、どうなるか・・・・・・」 ラジオ強奪犯は一人ごちた。 フォークトゥリの火山の魔王は、気性が荒いことで有名だった。さらに不用意に火山地帯に入るとふきだす有毒ガスであっという間に死んでしまうものも多く、さらには前触れもなく噴きあがる間欠泉・マグマ・噴火にともなう地震・ガケ崩れなど魔物も住めない危険地帯であることから近寄る者はいない。 フォークトゥリの火山の魔王は怒りっぽく気性が荒く、まさに火山のような魔王で、闘い好きなことから我こそはという勇者たちが山を登っていくが、魔王にたどりつくまでにそれらの自然災害に命を落とすものが九割を超える。 フォークトゥリの火山の魔王に限らず、他の場所でも魔王が直接手を下し死んだというものは意外に少ない。たいていの勇者や人間達は魔物が殺している。魔王が殺さなかった人間も、他の魔物が手を下したという例はごまんとある。 しかし人々の目には魔王の仕業と映るのだ。それは当然のことだろう。魔王を倒しに行くといって出て行き死んだ以上、魔王以外の魔物の仕業とはなかなか考えられないものなのだ。とどのつまり、魔王は必要以上に人間に怖がられ、魔物以上に討伐の対象となるのである。 「あーこんにちわ魔王さん。俺は魔王突撃インタビュー!ってやつでインタビューに来たので答えてください。それじゃー一問目―!」 「イヤまて」 「えー?俺はインタビューするほかにやることないんですけどー。」 「勝負しろ」 「は?」 「俺と戦えるならインタビューとやらに答えてやる」 「なんかどっかで言われたようなセリフですねぇ」 ゴゴゴゴゴ・・・・ 地震がおこり近くの噴火口から溶岩が噴き出す。 聴衆は再びごくりとつばを呑んだ。 レポーターと魔王の沈黙が怖い。そう思っている人も少なくはないだろう。 ややあってレポーターがしゃべり始めた。 「えー、とりあえずフォークトゥリの魔王の特徴を述べておきます。まず、二十歳前半の若い男、オレンジと赤の中間色の髪の毛。なんだかたてがみのように見えて、ライオンみたいです。体格はがっしり系で、背が高いです。でもムキムキ系じゃないので見ていて見苦しくはないです。魔王が見苦しかったら最悪です。えーそれで、ほっぺたにちょっとキズがあります。これがさらに野生児のような印象を強くしています。それから目の色はえーっと・・・?真っ赤です。ルビーみたいに真っ赤です。それからオレンジ系の動きやすそうな服を着ています。魔王の威厳無いって言われませんか?」 特徴を述べる合間にさらりと無礼な言葉をおりまぜるレポーター。 「う・・・お、お前に関係ないだろう!いいからさっさと勝負をするぞ!」 ごまかすように大声を出した魔王を見て、レポーターは声をひそめてぼそりと呟いた。 「図星のようです」 「あう・・・だだだからいいいかげん勝負するんだって!」 どもる魔王を気にせずに話を続けるレポーター。 「はあ。じゃあそのまえにちょっと殺さないって約束してほしいんですけど。俺たぶん魔王に勝てるほど強くないスィ〜?」 語尾が妙にふざけていて、挑発のようにも聞こえ聴衆はひやりと肝を冷やす。 「んじゃまあ保障はしねえがトドメはささないことにする。でもお前が弱すぎたら殺さねえって保障はできねえぞ?手加減ってのにも限度があんだからよ」 「まあある程度は強いんで大丈夫かな?とは思いますけど」 「へえ?お前肉弾戦と魔法戦どっちがいい」 「おお。俺魔法使えないんですけど」 「えー?魔法ナシで武器ナシの人間がどんくらい強いってんだよ」 「うーん。一応遺伝子操作されてる人間なんですけど」 「イデンシソーサ?んだそりゃ、新手の魔法か?」 「あー、なるほど。この世界じゃわかりませんよねー。とにかく、じゃあなんか武器を貸して下さい」 「なんかって・・・・・・肉弾戦でいいのか?」 「うーん魔法を見てみたい気もしますねー。ラジオの前の皆さんならどうするでしょうか。俺は・・・魔王さんが魔法しか使わなくて、魔王さんを一歩でも動かしたら俺の勝ちってことで」 「なんか微妙にお前に有利なような・・・・・・???」 「気のせい気のせい。それより武器。なんかでっかい剣ありませんか?俺と同じくらいのデカさの剣」 「そんなでっけーの使うのか?力には自信あんだな」 といいつつ魔王が身の丈ほどの剣をマグマから創り出す。近くの噴火口に手をかざし、蒸気の噴煙がその掌をなでるが火傷一つ負わない。 「固い鉱物の寄せ集めだからな、多少変なのは勘弁しろ」 マグマの中に手を突っ込んで引きずり出したのは巨大な剣。 さまざまな鉱物が入り混じった大剣は、不思議な光沢をしていた。時に銀虹色、時に銀黒色、時に銀白色、時に純粋な銀の色。一種の宝石のように美しかった。 しかしつくりはあくまで実用一辺倒。柄の部分に飾りはなく、つばの部分にも装飾性は全く無い。シンプルでいて美しい、奇跡のような剣だった。 「よし、今回はうまくできたな。つばの部分と刃の部分を別の金属にしてみた。んー、刀身のゆがみも無し。まずまずだな」 奇跡のような剣を創った当人はその点には全く頓着していなかった。硬度や形を見てしきりにうなずいている。 「こんな綺麗な剣使っていいんですか」 ほう・・・とした表情で剣を見つめるレポーターがどこか魂を奪われたような声でほうけたように言うと、魔王は眉を寄せた。 「綺麗?・・・ああ、まぁそんなのはどーでもいい、問題は使いやすいかどうかだ。どーだ?」 その素晴らしく繊細な、幻想的な光沢には全く興味がないらしい魔王が差し出した剣を、どこか夢見心地のまま受け取る。その剣は温かく、生きているかのような錯覚すら起こしそうだった。 「うお、すげえ剣だな。あーうん、手にはなじむかな」 もはや放送していることを忘れて敬語を使わなくなっている。そのことに気付き、慌てて直す。 「うあ、すみません皆さんに放送中だということを忘れてました。」 「別に無理に敬語にする必要ねえと思うけどな。ま、手になじむんだったらそれやるから使ってくれや」 「あ、そう?んじゃありがたくもらっとくわ。えーと、それじゃあみなさん、これからたぶん真面目な戦闘に入るのでちょっと放送する余裕がありません。実況を誰かに頼みたいんですけど・・・誰かいないですかー?」 周りを見回す。 「ああ、それじゃオレんトコの火ネズミ駆りだすか。おいボーボ!」 すると近くの間欠泉の穴からねずみが一匹這い出した。 「あ、なんかデカいドブネズミくらいの魔物が出てきました。うり坊みたいなふさふさの毛皮で、茶色い背中に白い斑点がついてます。女の子たちに「キャーかわいー!」とかいわれて飛びつかれそうです。うらやましいかぎりです」 「ドブネズミとはなんですか!っていうかウリボーってなんですか?」 足元から甲高い声。赤茶色の小さな瞳がレポーターを睨み上げる。しかし、つぶらな瞳で睨まれてもあまり迫力はなく、逆に小さな子供がすねているような印象を受ける。かわいいもの好きなら「いやーん(ハート)」とでもいって抱きついたであろう微笑ましいネズミである。 しかしレポーターにネズミに抱きつく趣味はなかった。 「おお、なんか一生懸命睨んでくれちゃってるんですけどかわいいので全然効果はありません。それから、うり坊っていうのはイノシシの子供のことですよ。それじゃ、ボーボさんとやら、実況お願いします」 といってマイクを差し出すレポーター。 聴衆は『イノシシ』というききなれない動物の名前を聞いて首をかしげた。魔物の図鑑を調べる者もいたという。 「・・・・・・・・・・・・」 キラキラとした目でレポーターを見る火ネズミ―――ボーボに、魔王があきれたように声をかける。 「ボーボ、そいつ人間だぞ?わかってると思うけど」 「わっわかっわわわかってますとも!ただちょっと顔が良かったから見とれてただけですとも!そそそれじゃどーぞ戦ってください!っていうかお二人ともその美しい顔にキズをつけちゃいけませんよ!」 それだけいってマイクをもってさがるボーボを「全く・・・・・・」とでもいいたげな表情で眺めて魔王は言った。 「悪いな、あいつ惚れっぽくて。顔が良い奴見るとすぐにああだ」 「いや、別にかまわねーぜ?立派に実況できるならな」 「・・・ん、じゃ始めようか人間」 「ああ、そうだな魔王」 『とうとう戦いが始まろうとしています!凛々しい魔王様はその朱玉の瞳をきらめかせ、レポーターもとい人間は漆黒の瞳に不敵な余裕を浮かべています!ああ!不肖このボーボ、あまりのベストショットに感動のナミダが止まりません!』 二人の邪魔にならないように感涙にむせぶボーボ。 『この灼熱の岩場、慣れている魔王様の方が圧倒的に有利なはずなのに、人間の顔に浮かぶ余裕の笑いはなんなのでしょうか!体と同じ位大きい剣を肩に乗せて、それだけでも並の力の持ち主ではありません!』 「ノリノリじゃん、あいつ」 「あー、うん、ボーボはあーゆー奴だ」 言葉と同時に足の位置を変え、姿勢を低くしいつでも飛びかかれる体勢をつくるレポーターに対し、魔王も言葉を返した直後高速で魔法を編み始めた。 指が見えないほど速く、いくつもの紋様を描く。 そしてレポーターが動いたのは魔王が口を開いてからだった。 「咲け咲け火の華熱の花猛り狂う緋色の溶岩爆ぜる朱玉の太陽永樹の毒喰らい大輪に咲け!」 唱え終わる前に切りかかろうとするレポーター。その大剣が弧をえがいてふりおろされる。しかし、その優美な刃は魔王に届く前に何かに阻まれた。 「うわー・・・・・・すげえな」 その炎のかたまりは、炎であるにもかかわらず固いと手ごたえが伝えてきていた。 「俺魔法って見たの初めてだ」 「魔法見たの初めてって・・・・・どんなトコに住んでたんだよお前?それよりホラ、ずっと押してると丸焼けになっちまうぞ」 レポーターの周囲には完成した魔法が花を咲かせていた。 炎でできた体を揺らめかせて、イバラをかたどった火の魔法はその巨体でレポーターを押し包もうとしていた。 「バラぁ!?」 炎に見とれていたレポーター―――否、少年はあわてて飛びのいた。動く炎のイバラは火球をまきちらしながらそれを追う。 「バラの魔法・・・・・・顔に似合わずキザなんだなぁ」 まるで軽業師のように軽やかに動く少年に、魔王が驚いたように返す。 「お前身軽じゃん。そのデカい剣もってその動きって・・・お前多少どころかかなり強いんじゃねーの?」 「そりゃど、ぉもっ!しかし顔に似あわずキザなわりにこのバラは陰湿だな」 「キザで陰湿・・・・・・?ああ、オレ昔これで怖い思いしたからその影響でこれが出たんだわ。無意識に出たのか・・・恐るべき威力だな・・・・・・アイツの「フルコース」は・・・・・・・・・」 「フルコース?」 「・・・・・・・・・・・・俺に勝てたら教えてやるからとりあえず今は集中しよう」 「そうだな」 なんだか自分に言い聞かせているような響きがあったが、まあいいやと思ってバラをよけるのに集中する。 大剣を炎に打ち下ろす。炎が風を切る音が鳴り、イバラのつるが大剣の一撃を止めた。 しかし大剣の斬撃に思ったよりも重みがあったらしく、剣を受け止めたつると花が一輪千切れて消えた。 「何だお前手加減しなくてもいけるんじゃねえか?」 「いやいやとても魔王様とは張り合えませんよ〜?」 『余裕です。炎でできた巨大な動くイバラを相手に一歩も退いていません。魔王様も最初は小手調べのつもりで炎のイバラを出したようですが本当に小手調べにしかならなかったようです。それにしても強いです、レポーター。本当にただのレポーターなのでしょうか。自分の身長より大きい剣を自由自在にふりまわしています。絶対普通の人間じゃないと思うのは私だけでしょうか』 「私もそう思うわ」 「ぜってえ人間じゃねえ」 「黒い目で強い奴?目が黒い人間なんているのかよ」 「むしろ魔王よりお前が何者だレポーター」 「美形ってホント?」 聴衆はそれぞれ実況のボーボに同調する。 「我が手に宿れ放浪の火よ我が命に従え爆ぜる炎よ」 イバラが切り刻まれていく間に新しい魔法を紡ぐ魔王。 「いくぜぇ!」 そういって手で「指鉄砲」の形をつくる。その照準を少年にあわせた。 「BAAAANG」 指先から人間の頭くらいの大きさの炎塊が高速で放たれる。 そしてイバラの炎の隙間から少年に肉迫し―――― ザンッ 鋭い音と共に炎がまっぷたつになる。 これまでにない鋭い斬撃をくりだした少年は、服のあちこちが熱で焦げていた。勢いのまま地面にめり込んでしまった剣をひきぬくと、真っ直ぐにかまえてイバラに突進していく。 「あああああああああっ!!」 凄絶な気合が少年の喉を割った。 魔王はその気合の凄まじさに感嘆の念を抱いたが、冷静に少年に照準をあわせ、イバラを倒したあとの隙を狙う。 ボッ 少年の剣がイバラを貫く。 その剣の元の少年へ炎塊を放つ。 イバラの炎はいまだ消えておらず、炎塊に少年が気付けるはずもない。 ボウッ! しかし炎塊があたったのは持ち手のいない剣の柄だった。イバラを貫き現れた剣には少年の姿は見えなかった。 イバラを貫いた時にそのまま剣を投げつけたのだ。 そう魔王が悟った時には投げつけられた剣が眼前に迫っていた。 美しく輝く鋭い切っ先が魔王に触れようとした時。 ボッ ボッ 魔王の掌から先程より少し小さい火球があらわれ、剣の切っ先をずらす。当たらずにすり抜けていく剣の柄の部分をつかみながら見失った少年の姿を探す。 ゲシッ そんな感じの擬音が合うような衝撃が背中に走った。完全に不意を突かれて前のめりになり、あわてて剣をつかってバランスをとろうとする。が、後ろから伸びてきた手に剣を奪われまたもや蹴られる。 ドカッ 今度はそんな擬音が似合うような蹴りだった。 「ど・おわっ!」 魔王は素晴らしいバランス感覚の持ち主だったので転びはしなかった。空中で前転してすたっと降り立つ。 「俺の勝ち」 実況のボーボがやかましくまくしたてている。 剣をもってXサインを突きつけてくる少年を、魔王は恨めしげに見やるのだった。 |