ある夜・お喋りな剣と目立ちたくない傭兵 一振りの刀がありました。 いえ、刀じゃないかもしれません。 でも、自分で刀だと言い張っていました。 刀には持ち主がいました。 若い青年でした。 「うあー、疲れた・・・・・・」 大きな身体の青年が森の中の夜道を歩いていました。背中に大きな刀を背負っていて、ボロボロにすりきれた布を鞘がわりに刀身に巻いていました。 服装は砂埃にまみれたマント、小さなキズがたくさんついている頑丈そうなブ―ツと、全体的にくたびれて見えました。 「それはホラ、シグがはりきって殲滅なんかするからでは」 「てめえが煽ったからだろうが」 シグと呼ばれた男の人が言いました。シグと呼ばれた若い男の人、青年と言ってもいいような彼の顔は言葉どおりに疲れてはいたものの、なかなか精悍な面構えでした。白い髪と左眼の下のキズが異色でしたが、すれ違う女の人のほとんどが振り返るくらいには魅力がありました。 「べつに煽ってないけど。ただ、『実力差わかっててケンカ売ってるんだったら相当の×××さんだね』って言っただけ」 「あいにくと普通を知らなくて」 しれっとした返答を聞いて、青年がため息をつきました。 「お前のおかげで俺の犯罪者遭遇率が急上昇中だ。少しは黙ってたらどーなんだ、あぁ?」 「いいじゃん別に。シグだって傭兵としての名が上がって良いんじゃないの?とくに問題ないじゃん」 「日が暮れてから裏通りを歩くと必ず襲われるってのは問題じゃねぇわけか。ったく・・・名が売れる前はガタイがでかかったおかげで襲われるこたぁ無かったのによ。」 青年は肌が薄い褐色をしているためか白い髪がとても目立って、見ようによっては綺麗でしたが、白い髪にばかり目がいってしまってその他が目立たなくなるという微妙に嫌な特徴がありました。 身体的特徴としては背が高いということなども挙げられていい筈なのですが、背が高いということはより白い髪がよく見えるということであり、結果彼には『白い髪の男』という彼にとってはすこぶる不満なレッテルが貼られているのでした。 「今じゃその白髪アタマとでかいガタイとすばらしい刀で見つかりやすいしね」 「何が素晴らしい刀だ。口うるせーし災いを呼び込む刀じゃねーか」 どうやら、青年は刀と話をしているようでした。 「失敬な。思ったままを口に出してるワケでもないし、ちゃんとある程度気を使った発言をしているなんとも心優しい刀に対してそんな無神経な!」 「無神経はてめえだ」 即座に切り返された刀は、しくしくとわざとらしい泣き声を漏らしながら青年の大きな背中で揺れています。 青年ががうざったいとかったるいを足して二で割ったような、ようするに面倒くさそうな表情で立ち止まりました。それと同時に泣き声がやみ、楽しそうな声になって告げました。 「五人かな」 「いや―――――」 ――――――――ひゅっ 「―――六人だ」 風を切る音が聞こえました。 カッ ビシッ 瞬き一つほど後に、今度は目の前の地面に矢が一本突き立ちました。 一本は石にはじかれて転がっています。 「ヘタクソ」 「ノイズ。」 ヒュ―――――――ヒュンッ 「うわお、お見事!で、何?」 いつの間にか抜いていた巨大な刀――どちらかというと形状は西洋剣――で飛んできた矢を斬りおとした青年は、ちらりと刀を見て言いました。 「人が楽しんでストレス発散させようって時にまた新たなストレスをつくりだすなっての」 「シグに言ったんじゃないよ?」 「当たり前だ、俺に言ったらコロス」 「じゃなんでさ?」 「そーゆー挑発は自分でやった方が楽しい」 「うわー、さすが」 ノイズと呼ばれた刀がそこまで言ったとき、森の整備されていない道に数人の人影が現れました。明るい月明かりに照らされて、彼にははっきりとその人数、風貌がわかりましたが、 「さすが、・・・・・・キング・オブ・ザ・トラブル?」 「それを言うならてめえなんか災いを呼ぶ刀だろうが」 「じゃトラブルマスター」 「『じゃ』って何だ『じゃ』って。呪いの魔剣」 無視しました。 男達は辛抱強く彼らの注意が向くのを待っていましたが、三十秒程で努力することを放棄しました。 「おいこら、お前!」 「呪いの魔剣?刀だっていってるのに」 「てめえのナリのどこが刀だ。剣だろ」 「おい、聞いてるのか!」 「どんな形をしていても刀は刀。」 「無視するんじゃねえ!」 「どんな理論だよ」 「こんな理論。」 「白狼!そうだな貴様!」 業を煮やしたのか、先程呼びかけた男の隣の、いかつい顔の男が話しかけます。先程から呼びかけていた男は黙って目に殺気を込めていました。無視されたのがよほど気に喰わないようです。 「違います」 「俺はクレイジーなんたらなんて変な名前じゃねえ。シグマだ」 二つの声が同時に返ってきたので、男の人はちょっと面食らいました。 「なんでお前が返事すんだっつの」 「だってこっちに言ったかもしれないし」 「誰もてめえには聞いてねぇよ」 「うわっひどっ!人のこと・・・・・・じゃなかった、刀のこと無視して勝手に話進めるなんてサイテー!」 「てめえっナメてんのかぁあ!」 男たちの中の数人がナイフやら剣やら槍やらを振り上げ、シグマに襲いかかってきました。 シグマはというと、皮肉げに顔を歪めて、ノイズをなめらかに振るいました。 ノイズは巨大な刀です。形状は明らかに西洋剣なのですが、本刀が刀だといって譲らないので刀です。 さて、ノイズがどれくらい巨大な刀かというと、地面に突き立ててみると、その握りの部分、ようするにグリップが大柄なシグマの肩にかかるかかからないかだ、と言われればわかるでしょう。幅もそれに見合ったぶんあります。それくらい大きければ重さも普通の刀剣の倍です。ですから、切れ味は持ち主の技量にかかっていますが、破壊力は大きさに比例して倍になるわけです。 男たちにとって不運だったのは、シグマがその巨大な刀を自分の手足のように軽々と扱えることでした。 びゅおっ! 襲いかかったナイフの男は、二度とナイフが握れなくなりました。ナイフを握ったままの右手が道の脇に飛んでいって木にあたって落ちました。鈍い音がして、木の幹に赤いまだら模様ができました。飛んでいくナイフと右手を呆然とした顔で見送っていた男は、視線を肘から先の右手からはがして、肘から上の右腕に移しました。なにか、赤い液体が短くなった腕から迸っています。訳がわからず左手を見ると、手首から先がなくなっていました。 その珍妙な光景に目を奪われていたのも数瞬。 ようやく激痛が襲ってきて悲鳴を上げようと口を開けると、出て来たのはおびただしい量の血の泡だけでした。 訳がわからないといった顔ののった首が胴体から落ちていきました。 シグマが一振りで両手と首を斬ったのを見て二人の男は驚きました。 驚きましたが、二人はもうシグマの間合いに踏み込んでいました。 「シッ!」 シグマが気合を発して槍の男の両目を真一文字に斬ります。頭がぱっくりわれて眼球と脳の断面が見えました。頭の上半分ははね飛ばされてびしゃりと地面に落ちました。 振りぬいた刀から血が飛び、今まさに剣を振り下ろそうとしていた男の顔面に降りかかります。反射的に目をつぶってしまった男は、上半身と下半身が別々に地に転がりました。男はまだなにかやりたそうに手を痙攣させていましたが、それもすぐに動かなくなりました。 シグマは刀の血を振り払って地面に広がる血を避けて残った男たちの方へ歩き出します。 「あれ、よく見たらこの人たち賞金首じゃん。どーする?役場にもってく?」 大刀から場に合わない軽い声が響きます。 「んー?んー・・・・・今日はもう寝てぇんだがどうすべきだと思う」 シグマは面倒そうに眠そうに首を傾げます。シグマのそんな様子にも大刀の声の軽さは変わりませんでした。 「選択肢は三つあるよ。一つ、このまま帰って寝る。二つ、さっさと片してから帰って寝る。三つ、生かしたまま役場につれてって、賞金をもらう。そんでその後帰って寝る。どれにする?」 「そうだな、まず三は却下。面倒だ。一か二かは相手によるな」 シグマは男たちから五歩くらいの距離を置いたところで止まりました。シグマの背後からは濃い血臭が立ちのぼり、スプラッタ映画顔負けの、しかし現実の光景が広がっています。 美しい月光が、紺色の空が生き物たちに優しく眠りを促す中、シグマの夜闇の中でも目立つ白い髪はそれらをはねのけて存在感を主張していました。 「で?絶対に勝てないとわかっちゃったおじさんたちはどーするのかなぁ?」 ノイズがのんきそうに言いました。 「逃げるか死ぬか降参かの三択だろ」 シグマがさも当然そうに言いました。 「て、てめえ!おおれたちを誰だと思ってる!?」 「ビーンズのメンバーだぞ!」 「こ、こんなことをして無事に済むと思うなよ!」 三人は、律儀にも一人一言ずつ言いました。 それをどうでもよさそうに聞いていたシグマはどうでもよさそうに言いました。 「ビーンズぅ?なんだそりゃ」 「シグ知らないの?今日倒した賞金首がボスやってたチームのことだよ。けっこう有名だけど」 その言葉を聞いてシグマはどこか遠くを見るような、自嘲するような表情で言いました。 「へぇ・・・・・そーかそーか、ってことは有名な奴を倒した俺はもしかしてまた有名になっちまった訳か?」 「もしかしなくてもなっちゃったんじゃない?ご愁傷様」 たいていは賞金額が上がれば上がるほど比例して名も上がっていくはずなので、そんな高額な賞金首を倒せば倒した者の名が上がるのも当然です。 シグマはその辺をすっかり忘れてしまっていて、手っ取り早く生活費を稼ごうと高額な賞金首を倒してしまい、結局また名が売れてしまったわけなのでした。 シグマは目立ちたがるなどのナルシズムとは無縁の存在だったので、なるべく穏便に生きようとしているのですが、どうにも思い通りにいかなくて日々悩んでいました。もっとも、ものぐさな彼の性格とノイズの組み合わせでは穏便に生きるなどという事勿れ主義的な人生は、天地がひっくり返ってもありえないことでしたが。 「ななな何て、今、今なんて言った?」 弓矢を背負った男が驚きと恐怖のあまりろれつのまわらない舌で言いました。彼らはボスにシグマを殺れとの命令を受けてここへ来たはずなのですが、そのボスがもういないなんて初耳でした。 「『ご愁傷様』」 繰り返したノイズの声は、ひどく皮肉に聞こえました。 「だからてめぇじゃねえっての」 「うわっひどっ!!人の、じゃなくて刀の唯一の意思表現を否定するなんて!サイテー!」 「あーもーうるせぇからだまれ」 一人と一振りがコントのような会話を繰り広げている間に、男達は顔を見合わせました。そのまま誰からともなく逃げ出します。 「あ。逃げた。」 「おーし、帰って寝るぞー。」 「この死体どうすんの?」 「放っときゃあいーじゃねーか」 「でもあのオジサンたちが街でこの事言いふらしたら?死体があると殺人の証拠になるけど」 「・・・・・・・・・・・・・」 沈黙は、彼が疲れていて放って置きたいという気分と後々の面倒の防止とを秤にかける短い時間でした。 シグマはベルトからナイフを抜き取ると思いっきり投げました。続けてもう一回。 飛んでいったナイフは狙い違わず弓矢を背負った男のうなじに刺さりました。血がぶしゅうと吹き出て男の前の地面に降りそそぎます。 もう一本のナイフはちょっと背が低い男の背中の真ん中に刺さりました。胸から刃を生やした男は口から血を吐きながら二、三歩歩いて、うつぶせに倒れました。 「ひっ・・・・・・いいいやうわあ!」 残った背の高い男が変な悲鳴を上げて地面にへたり込みました。背中にナイフを刺された男はまだ生きていて、時折びくんと体が痙攣します。 背の高い男は 「うわああああああ!あ!あああ!ああああああああああ!」 と叫んで逃げ出しました。 叫びながら走っていく男は物凄い形相をしていました。恐怖に駆られた足はもつれ、惨劇の場から一刻も早く抜け出そうと足掻く心を忠実に表しています。 「あ。逃げた。」 「ノイズ、ナイフになれ」 シグマも走り出しながら言いました。これ以上はなれるとナイフの命中率が下がって逃してしまう場合があるからです。 「えー?手持ちのナイフ投げればいいじゃん」 「俺二本しか持ってねえし。さっき投げちまったし。」 「死体が握ってるの使えばいいじゃん」 「めんどくせえ」 「でもさ―――」 「折るぞ」 「ちぇっ人でなし」 シグマの手の中でノイズが変わっていきます。どんどん小さくなっていったかと思うと刃のあちこちがぐにゃりと形を変え、グリップも変形して、生きもののように蠢きます。そして、そこには一本のハンティングナイフがありました。 シグマは走りながらナイフを持ち替え、投げました。 ナイフは風を切りながら飛んでいって―――――――― 「全くさ、せめてナイフの形をした刀と言ってほしかったよ」 「だから!刀の形をしたナイフ・・・・・・あれ?」 「刀の形をしたナイフな、よしわかった」 「え?あれ?ちょっとまって?」 血にまみれたナイフを布でぬぐって、また元の通りベルトに差し込みます。そしてノイズの所に歩いていってもうぴくりともしなくなった男の体からノイズを抜きます。そしてまた布で刃の血をぬぐって、 「戻れ」 一人ならぬ一振りでぶつぶつ言っているノイズに向かって言いました。 するとまたノイズが変形をはじめました。だんだん大きくなりながら元の巨大な刀に戻っていきます。 「シグも色々と大変だねえ」 「大変なことの半分以上がノイズっつーうるさい刀のせいで引き起こされてんだがな」 「ドンマイドンマイ。」 ノイズは、決して否定はしませんでした。 「それよりさぁ、ノイズって名前改名してよ。騒音って意味じゃん」 「まんまじゃねえか」 「どこが?」 「全部」 うわひっどー、という声が夜道に響きます。 シグマはノイズの刃に元通りにボロ布を巻きつけて背中に背負います。そして何事もなかったかのように歩き出しました。 「えっと確かねー、前の名前はファンで、その前はエンスで、その前はズィーダでー、その前・・・は忘れた。あといろいろ・・・ノーマとかムラマサとかデスぺラードとか」 シグマが吹き出しました。 「ですぺらーどぉ?」 「なんだよ!愛称はデスだった」 さらに吹き出します。 「最高に似合わねえ名だな。そんな名をつけた奴の顔を見てみたいが」 「そりゃ無理だねー。だってもう死んでるし」 事も無げに言い放った刀剣に、シグマも事も無げに答えただけでした。 「ま、そーだろーな。」 血臭を纏った男と刀剣は、道端に転がった死体には一瞥もくれず、ゆっくりと夜に紛れていきました。 その凄まじい戦いぶりから『戦場の凶獣』、『白狼』と呼ばれた男の傍らには、常に巨大な魔剣が鎮座していた。男が死んだ後、剣は忽然と姿を消した。そして、後の世には、ただその男の戦いぶりと、何を斬っても決して刃こぼれしなかったという尋常ならざる剣の勇名が残ったのみである。
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