二人目 「さあみなさん魔王に突撃インタビュー!の時間になってまいりました!昨日は次の魔王に向かう前に日が暮れ、あまりの眠さにプッツンしてぐっすり野宿してしまった俺ですが、こうしてさわやかに朝を迎えた今!はりきってインタビューに向かいたいと思います!」 さくさくと砂の海を進む一人の青年。なにやらぶつぶつとつぶやいている。 「俺は今ランディリスの砂漠に来ています。じりじりと照りつける太陽、どこまでも広がる砂の海、いたるところにある流砂、まったくもってスバラシイです。歓迎されているとしか思えません。」 朝の食事の時間、寝ぼけまなこで食事をとっていた全国のラジオ愛聴者たちは一斉に食べかけの物をふきだした。あちこちで、 「きゃあ、きたない!」「どうしたの、あなた!」「ゴホッゴホッ!」というむせて咳き込む声などが聞こえる。 「ママー!パパがきたなーい!」「ぎゃーきたない!お父さんこっち来ないで!」などといわれて落ち込む者もいる。 今や国のいたるところで「うえーん」だの「水!ミズ!」だの「誰だぁ!オレのメシの上に吐きやがった奴ぁ!」だの悲鳴や怒号が聞こえてくる。 そして騒ぎがすこし収まったあと、信じられないようにしゃべり続けるラジオを見つめる。 ランディリスの砂漠といえば死の砂漠と呼ばれ、いったん入ったら方向が分からなくなって出られなくなる、と有名である。それだけなら魔法でも使えれば抜け出せるだろうと死の砂漠の恐ろしさを知らない者は言う。この『死の砂漠』の本当の恐ろしさは、驚嘆に値する数の流砂にある。まともに歩けるような砂地は流砂の占める面積と比べると極端に少なく、その差たるやまるで課長のハゲ頭にのこる申し訳程度の毛のようだと万人は言う。 さらに、アリジゴクの愛称で親しまれる獰猛な肉食の魔物が、その流砂の底で獲物をまちかまえているのである。 そして、もしランディリスの砂漠に入ってしまった時の絶対の教訓として言われていることがある。 もし、とても歩きやすくて、流砂がなくアリジゴクもいない場所へ出たら、決してそこから見えるオアシスへ近寄ってはいけない。そこは、すでに魔王の城の中なのだから・・・・・・と。 「しかしこれは便利ですね、誰かが道を整備してくれたんでしょうか。アリジゴクも流砂もありません。みなさん、この砂漠は魔王に会いに行く人には意外と親切です。」 これをきいて全国の聴衆は心中で突っ込んだとか。 魔王に会いに行く人なんて普通いないから。そしてそれ以前に、死の砂漠の魔王に会って戻ってきた人は存在しない、と。 「おや?オアシスが見えてきました。さてはここが魔王の住処でしょうか。それではみなさんレッツゴー!」 聴衆の悲鳴を背負って、レポーターの青年は喜々と走り出した。 「こーんにーちわー!じゃなくておはよーございまーす!人類史上初の魔王突撃インタビュー!の者です!インタビューに答えてくださーい!」 「ぎゃー!」 「誰かあいつを止めろ!」 「バカー!」 「ああ、せめてここの魔王を怒らせませんように・・・・・・」 「馬鹿、ラジオに八つ当たりすんな!」 などと騒ぐ聴衆も知らず、レポーターはどこからか取り出したワイヤレスのマイクをもって猛ダッシュする。 「オアシスです!まごうことなきオアシスです!半日ぶりの水です!逃してたまるかー!」 もはや半狂乱となってオアシスに向かうレポーター。ガサガサと植物をかきわけ、泉にたどりつく。 「水――――!」 飛びついて、ごくごくと喉を鳴らして飲む。 「ぎゃ―――――――――! ! !」 全国のラジオに聴衆の悲鳴が浴びせられた。 魔王に城の水を飲んだらどうなるのか。全くの未知なのである。それを、このレポーターは勢いにのってあっさりとやってしまった。 「はーうまかったー!みなさん、ランディリスの砂漠に来たときはぜひ魔王城へお立ち寄り下さい。すんげーうまい水が飲めます。」 ぐいっと口をぬぐって立ち上がるレポーター。 「さて、魔王はどこなんでしょうか。やはりお邪魔しますと言うべきだったでしょうか。お邪魔しまーす!誰かいませんかー!」 すると、目の前に巨大な扉が音もなくにじみでるように現れた。扉が完全に現れると、その扉の周囲から同じようにして城が現れる。 「これを開けろという訳ですね!あ、聴衆の皆さんには見えないので説明しますが、なんかすっげーでっかい扉が出てきてですね、それにつられるように白っぽい灰色のでっかい城が出てきました。というわけでお邪魔しまーす!とおっ!」 ガンッ ギ――――――――――――――ッガコンバキッ 扉が開くような音に続き、何かが壊れるような音がした。 「ありゃ、何か壊しちゃったんでしょうか、やはり扉は足ではなく手で開けるべきだったんでしょうか。でもまぁ無礼講ってことで許してもらいましょう。魔王さーん!いますかー?インタビューしに来たんですけどー!」 聴衆は、なんだかもう気が遠くなりかけた。 ランディリスの砂漠の魔王は、魔王の元にたどりついて戻ってきた者がいないために、性質・性格もわからない謎につつまれた魔王なのである。 もし気性の荒い魔王だったならば、レポーターが魔王の逆鱗を買ってそのとばっちりが街に来る場合もある。 実に心臓に悪いラジオ番組である。 「何用だ」 低い、抑揚のない声が響いた。 ぼう・・・・・・と城の入り口に影が現れた。 白い髪、白い肌、白い瞳――― 全てが白い。 そして真っ白の、白い絹しか使われていない服を着ている。あまりの白さにあっけにとられたレポーターだったが、気を取り直したらしく質問をはじめた。 「・・・・・・・・あーこんにちわ魔王。実は魔王に突撃インタビューとゆーのをやってるんですよ。ってなわけで質問その一!」 びしっ!とマイクを突きつける。 「なんでそんなに全部何もかも白いんですかー?ああ、ラジオの前のみなさんに映像が見せられないのが残念です!髪の毛も肌の色も目も服も全部真っ白!あ、でも目はちょっと灰色がかかってます。」 「生まれつきだ」 唐突に、魔王が口を開いた。 「ハイ?」 そのあまりの唐突さに、レポーターは全く表情を変えない白い顔を見返した。 「今、訊いた事だ。」 「ああ、はい、なんか普通に質問に答えてくださったんですね。ありがとうございます。で、生まれた時っていつですか?」 「数百年前だ。正確に覚えている訳ではない。」 「へぇーけっこう年食ってるんですね。」 この発言にラジオの前の人々は脂汗を流し、強奪したラジオで聞いていた森の魔王は声に出さずに笑った。 「人間にとってはな」 「意外と素直な魔王さまなんですね。魔王の名前はなんですか?」 「本名か?」 「いえ、本名っていうか・・・・・・名前ですよ」 「ランディリスだ」 「じゃあラン」 「名前を略するな」 どんな言葉を発していてもその無機質な声は感情を表さない。 「いーじゃないですかぁ〜魔王になったのは何でですか?」 「ただ単に魔王がいなくなったからだ」 「この砂漠に、ですか?」 「そうだ」 「・・・・・・えっと、なんでそんなに無表情なんですか?」 「感情がないからだ」 「感情が?」 「ない」 鉄面皮というよりは精巧に出来た人形が喋っているかのような印象を受ける魔王は、口以外何も動かさない。 「・・・・・・本当かどうかはさておいてもしそうだとしたらえーっと?さっきからの無表情にも説明がついてしまいますね・・・・・うーん・・・・・まあどーでもいいんですけどね。考えても分からない事は世の中にたくさんあるんですよ皆さん!じゃあ次の質問!」 無理矢理終わらせて次の質問へと移る。先程から魔王が微動だにしないで話しているためどこかにすわることもできず城の正面の扉の手前の中途半端なところで突っ立ったままである。 「あのー、どこかに座ってのんびり問答しませんか?」 「では泉の近くへ」 といってさっさと歩き出してしまう魔王。レポーターはちょっとペースを奪われながらあとに続く。 泉のほとりの少々開いたスペースに、魔王は黒い椅子を二つ出した。 レポーターは魔王の白い掌から窮屈そうに出てきた真っ黒な椅子を不思議そうに眺めていたが、首をかしげて魔王に質問した。 「今のもしかして魔法ですか?」 「魔力を固めて椅子を作った。魔法ではない」 なんだか残念そうな顔をするレポーターを不思議に思いながら魔王は椅子に腰掛ける。不思議に思っても、好奇心というものがないので別に訊こうとはしない。 「じゃあ再開します。どうしてそんなに服まで真っ白にしてるんですかー?」 「この格好でいろと言われたからだ」 「誰にですか?」 「天魔にいわれた」 「天魔?って誰ですか?」 「魔王の一人だ」 「どこの魔王ですか?」 「六大陸の中央の海上都市の上に浮いている城にいる魔王だ」 「あー!なんか魔王の中で一番魔王らしいとか言われてる恐怖の大魔王さんですか!知り合いなんですか?」 ひざを打って納得するレポーター。 「魔王は全員それぞれの顔を知っている。時々天魔が城に魔王を収集し、そのたびに顔をあわせるからだ。」 「全員来るんですか?」 「全員来る事はあまりない。来なかった魔王のところへは天魔自らが行っている。すると、次からは来る」 「あー・・・・・・出ろって脅すわけですね。さすがは恐怖の大魔王」 なにやら目を泳がせて頷くレポーターに、白い魔王は律儀に、しかし無感情に答える。 「脅すかどうかは知らん」 「ああ・・・・・そうですか・・・・・ていうか魔王って何人いるんですか?」 「全部で7人だ。ここ砂漠のランディリス、火山のフォークトゥリ、密林のリィリイエラ、深森のディスタカルト、渓谷のウィザーレル、湖のレオスレスト、天空城のアスロディークだ。」 「へぇー・・・・・・それじゃあ一番欠席率の高い魔王って誰ですか?」 「ディスタカルトの森の魔王だ」 「あ、やっぱり?なんかそういうのすっげー嫌いそうな気まぐれな人ですもんね。あ、人じゃなくて魔王か。」 つい昨日のことを思い出す。 気まぐれな魔王はワーウルフとレポーターが戦っているのを面白そうに見ていた。インタビューに答えたのはそのついでといったところか。 面白いけれど、面白いという感情しか籠められていなかった目。気が変わればあっという間に逸らされたであろう眼差し。 インタビューに答えてくれたのは本当に気まぐれで、運が良かったのだと今さらながら気付く。 「・・・・・・とりあえずこの話題はおいといて。魔王の趣味は?」 「特に無い」 「好きなことは?」 「特に無い」 「嫌いなことは?」 「特に無い」 「うーん・・・・・とりつくシマもありませんね・・・・・じゃあ好きな異性のタイプは?」 「特に無い」 「あーもー何もないじゃないですか。ここまで何もないと拍手したくなりますよもー。それじゃ、あとは・・・・・・勇者についてどう思いますか?」 「とくに何も思わないが、勇者が来るとサンドイーターたちが喜ぶ」 「サンドイーター?」 「お前たちがアリジゴクとよんでいる魔物たちだ」 「あー!アレですか!なんかかわいーですよねー。消しゴムあげたら大人しくなってくれましたよ」 この発言には、ラジオに興味がない者でも目を剥いた。 『かわいい。カワイイと言ったのか?このイカれたレポーターは!絶対頭がおかしい!口に入る生物なら何でも喰い、魔法で防壁を張ったはずの人間すらも魔法を溶かして喰うという恐怖の化け物をかわいいだと!』 というやたら長い心の声があちらこちらで上がる。いや、耳に聞こえている以上はもはや心の声でも何でもないだろう。 そして次に聴衆が疑問に思ったのは、未知の『ケシゴム』という物体だった。 「ケシゴム・・・・・・」 聞いたことのない響きに、確かめるように言葉にする魔王。 「この世界では俺しかもってないアイテムです。なんか白くてグニグニしてて字が消せるスグレモノです」 「スグレモノ・・・・・・」 「役に立つ物って意味です」 「そうか」 「では最後の質問群!他の魔王さんに何かないですかー?」 「天魔。次の収集は何時だ」 「そんじゃ質問群第2弾!俺はこれからもまだ魔王突撃インタビュー!を続けますが、そのことについて何かアドバイスありませんかー?」 聴衆は突っ込んだ。ずいぶんと他人任せだな、オイ。 「ない」 「俺は次はどこの魔王さんへ行ったらいいでしょーねえ?」 「フォークトゥリの火山の魔王へ」 「あれ?なんでですか?」 アドバイスしてくれたのが不思議だったのか、本当に不思議そうに聞くレポーター。これには聴衆もレポーターに同感だった。 「生存率が高い」 「ああ・・・・・・そうなんですか・・・・・・」 どこか遠い所を見るような声を出すレポーター。 「もしくはウィザーレルの渓谷の魔王へ」 「そこは何でですか?」 「問答無用で殺される確率が低い」 「あぁ・・・・・・そうですか・・・・・・えっと、とりあえずありがとうございました。それじゃあサヨナラ〜」 なんだか脱力した声を出しながら去ろうとするレポーターに、魔王が声をかけた。 「待て」 「え?なんですか?」 「このまま帰す訳にはいかない」 「え――?何でですか?せっかくここまで来たのに」 などといいつつもその声がはずんでいる。 「こいつ荒事が好きなんじゃねえか」 「だな」 「ああ」 とラジオの聴衆は解釈した。 「我は別に構わんが、お前の周りのものが返したくないようだ」 「おお!?なんか足に妙なツル植物が巻きつこうとしています!絶体絶命のピーンチ!ではみなさんまた明日〜」 「ええ!?」 「ちょっとまて!」 「なんだそりゃ!」 「先が気になるだろ!?」 という叫びもむなしく、放送はきれいに断ち切られた。 「で?オレの周りのものってこの植物か?」 足に巻きつこうとする植物を蹴っ飛ばしながら訊く。 「ああ。リィリイエラの密林の魔王が持ってきた。吸血植物だ。」 「吸血植物ぅ?血以外からも栄養もらえるんなら血ィ吸うんじゃねえよ」 「血と水が栄養源らしい。たまにサンドイーターや我を襲う」 「あんたも襲うんかい!主人は襲わないんじゃないの?普通は」 ついつい突っ込む。ランディリスの魔王には調子を崩されっぱなしだった。 「リィリイエラの魔王は自分以外はすべて襲っていいと教えているからな」 「なんなんだよそいつは・・・‥ってか、こいつら燃やしてもいい?」 ぎゅうと蔓を地面に押し付けながら首をかしげる。 「リィリイエラの魔王に恨まれるぞ」 「あう。それは御免こうむりたいな・・・・・・じゃあランがこの植物達の相手して。そしたら俺はその間に逃げるから」 「わかった」 あっさりと了承する。 「ウソ?マジで?こんな親切な魔王初めて見ました俺」 初めても何もまだ二人しか見ていないのだが、その点について突っ込む者はここにはいない。 「そうか?」 平然と聞き返しながら蔓植物をさがらせる。 「うん。そーか、すっげー素直なんだな、あんた。じゃなくてラン」 「そうか。」 魔王の身体に蔓が巻きつくが、魔王は気にするそぶりも見せない。 「こーゆーときは笑ってありがとうって言うんだぜ。んじゃなー!」 礼も言わず軽快に走り去る少年を吸血植物に巻きつかれながら見送った魔王は、ふと笑ってみた。 すると、口だけで冷たく笑う魔王から、吸血植物はいっせいに離れてちぢこまった。本人にそのつもりがなくても、感情のない笑いは怖かったらしい。 この日から、吸血植物を追い払うために毎日酷薄な笑いを浮かべることになる魔王は思った。 あの少年は、無感情な自分より感情がない、否、感情が無いというよりも、欠落した部分があると。 後日、魔王に笑いを教えたレポーターを吸血植物達は本気で恨んだとか。 |