一人目







「それではっ!今日から魔王に突撃インタビュー!を開始しようと思います!ラジオの前のみなさんはチャンネルをそのままにしてお待ち下さい!」
 一人の青年だか少年だかがワイヤレスのマイクを握って山道を登っている。
「えー最初の魔王は城ではなく森の奥の洞窟に住んでいるということで、今現在俺はディスタカントの森に来ています。」
ディスタカルトの森、ときいてラジオを聴いていた人々は目をむいた。
なんて馬鹿な真似をするのか、と。
ディスタカルトの森は魔の樹海と呼ばれ、一度入り込んだら絶対に無事では帰ってこないという森である。森の中は魔物にあふれ、魔王がいるという地下洞窟に近づくにつれて魔族まで出てくるのだ。
魔王は頻繁に洞窟から出て、近くの巨木で昼寝をしているという情報もある。
魔王を倒しに行ってその昼寝を邪魔した人間はただ一人を除いて決して帰っては来なかった。唯一帰ってきたその人間は、血にまみれた生首だけで、その顔は死の恐怖におびえ引きつったままであったという。
「おおっと洞窟が見えてきましたっ。洞窟のまわりは意外とひらけていて、しかも日影になってとても快適そうです!おお!なんかすっごく昼寝したくなるようなでっかい木もあります!」
 聴衆の心配など気付いた風もなくのんきにしゃべっているレポーター。
 ワイヤレスのマイクは性能が良いようで、レポーターの足音、木々の葉ずれの音、ナニかの不気味な鳴き声もしっかりとひろっている。
「それではレッツゴー!さあみなさん魔王に突撃です!」
 ラジオの聴衆が声なき悲鳴を上げた。


 

「こんにちはー。インタビューに答えてほしいんですけど魔王さんいますかー?」
「やめろ馬鹿!」
「はやく逃げて!」
「何考えてんの!」
「誰かこいつを黙らせろ!」
「きゃああああ!」
という大部分の悲鳴と、
「よほどの馬鹿か大物って奴だな」
「馬鹿のほうじゃねえ?」
「よっしゃ、何分で死ぬか賭けようぜ」
というごく少数の声を背負って、レポーターは洞窟の中をのぞきこんだ。
中は薄暗かった。洞窟の壁にところどころ生えているスズランのような花、その花弁からぼんやりとした淡く青い光が発せられている他はとくに変わったところもない。
「えー、洞窟の中はすっごく綺麗です。てんてんと花が生えてて、その花がランプのかわりに光ってます。」
 じゃりじゃりと靴音を響かせて洞窟に踏み込むレポーター。
 聴衆はラジオ越しに聞こえる足音に、昼寝の邪魔をしたんじゃないかと肝を冷やす。
 ふと、人影が見えた。
「あ、なんか誰かいました。薄暗くてよく見えませんが、長い髪の人です。髪の毛は青っぽいようにも見えますが、暗くてよくわかりません。こーんにーちはー!お邪魔してマース!」
 大声で叫ぶレポーター。
ま〜すま〜すま〜す・・・・・・
反響するレポーターの大声。この時点で、ラジオの聴衆のほとんどはレポーターの死を確信した。
しかし、返ってきたのはまるで今の不協和音などなかったかのような美声。
男女の別なくうっとりと聞き惚れ、どうしようもなく惹かれるであろう魅惑にあふれた魔の囁き。
「あぁ、人間。どうやって死にたい?」

 

ディスタカルトの森の魔王は気まぐれで有名だった。
大体のことは適当にその時々の気分で決め、その結果によって自分がどのように思われるかなど全く気にしない。
人間を苦しめて殺すか、一瞬で殺すか、魔物に喰わせるか。
テリトリーに入ってきた以上は殺さなければならないが、そもそも彼は人間の生き死になどどうでもよかったし、サディストでもなく、博愛主義者でもなかったので、魔物に喰わせることが多かった。
やたらサディストな魔王や、やたら血が好きな魔王もいるので、彼は人間の基準で言うと「まだマシな方」の魔王に入るらしかった。
なにせ、昼寝の邪魔さえしなければ魔王自身は人間のことをとくに気にも留めない。これは、魔王にしてはかなり特異な存在だった。人間にとっては「正常な方」にはいるのだが、魔王としては「結構変わったどころか異常な方」に入るのである。
そして彼は、ふと思い立って気まぐれに人間に声をかけた。
「あぁ、人間。どうやって死にたい?」
それはまるで、「明日どんな天気かな?」と訊くようにあっさりとした声で紡がれた。
こう言えば、たいていの人間は怯えるのだ。人間が怯える様は彼にとっては滑稽としか言いようがなかったが、その方が早く片付くし、無駄な反撃をしてこない。
しかし―――――レポーターの反応は、彼が今まで見てきた人間とは全く違うものだった。
「いやーこんにちは魔王。俺の素朴な疑問と大衆の興味シンシンの疑問にぜひともお答え下さい。それじゃー第一もーん!」
あくまでマイペースなレポーターに魔王はちょっと面食らいながら言葉を返す。
「ああ、だから、・・・・・・まぁいいや。何をしにここへ来た?」
お得意の気まぐれが出て、レポーターと会話をするような展開になる。
「インタビューしに来たんですよ!全く聞いてなかったんですかまぁいいけどとりあえず、第一モーン!魔王の本名はー?」
「ディスタカルト。これくらい、普通の人間なら知ってると思うけどな、まぁいいか。人間、ワーウルフと遊んでみるかい?」
洞窟の奥から巨大な狼が出てきて、魔王のそばに控えた。その獰猛な唸り声、獲物を前にして興奮したように荒くなる息に聴衆は自身が命の危機にさらされている気分になる。
「こいつらと遊んでいる最中ならどんな質問に答えよう」
 何かとうるさい魔族どもがいたら、「また魔王様がひどい気まぐれを」と嘆いただろう。魔王と人間が会話することすら嫌っているのだ。
「うわーお。マジッスか。ンじゃお言葉に甘えまして第二問!」
 ワーウルフが一斉にレポーターめがけて襲い掛かる。歓喜に満ちて獲物を切り裂くはずだった牙は、しかし何もない空間を噛む空しい音をさせる。
ひらりと宙返りをして壁際に下がったレポーター。ワイヤレスのマイクを胸のポケットに引っ掛けて固定し、両手を自由にする。
「なんで魔王になったんですかっ!」
「先代の魔王を倒したら魔王に指名されたから」
「第三問!先代の魔王はどんな魔王だったんですかっ!」
 突進してくるワーウルフを跳び箱の要領で跳び越えると、空振りしたワーウルフが岩壁に突っ込む。
ドコッ
ズズ・・・ン
 決して小さくはない地響きで洞窟全体がわずかに揺れる。それにも構わず歯を剥く口に、拾った人間の頭くらいの岩を押し込む。
ガキッ
 歯の砕けるいやな音。
「さぁね。俺が知ってるのは男女問わず美形を襲う吸血鬼だったって事くらいかな。日の光に当てたら灰になった」
 愉しそうにそれを眺めつつ、答える魔王。
「男女問わずってことは、男の、吸血鬼の場合ヘンタイってことに、なりますが、その点はどうだったんですかっ!」
 ワーウルフの眉間に拳を叩き込む。
ガンッ
ギャァウ!
グアウ!
 痛みにもんどりうった一匹が他の一匹とぶつかり、ぶつかられた一匹が不機嫌な唸り声を出す。
「じゃあヘンタイかな。俺も襲われたしね」
「ええっ!?吸血鬼って人間以外も襲うんですか!?」
驚きのあまり一瞬動きが止まるレポーター。ワーウルフが襲い掛かるのを、ぎりぎりで避ける。
「さあ?知らないけど、飢えのあまり獣を襲うって話も聞いたことはあるね」
「み・・・・・みなさん、聞きましたでしょうか。どうやら、吸血鬼というのは動物まで襲う真性の変態だそうです。これから、吸血鬼のことは敬意をもってヘンタイと呼んであげましょう。」
 衝撃のあまり声をひそめながら放送するレポーター。
この放送のせいで、レポーターはのちのち吸血鬼に目の敵にされることになる。
「まぁいいでしょう。では次の質問!第四問です!魔王さんの趣味はっ?」
ギャーッ
 羽音と共に飛んできたコウモリを掴んで投げる。
ヒュッ
ボグッ
 コウモリに気を取られた一匹の腹を蹴り上げる。
「昼寝」
聴衆は聞こえてくる音にいちいち肝を冷やしながら聴いているが、レポーターの声に焦りはない。
「第五問!好きなことはなんですかっ!」
「昼寝」
「第六問!嫌いなことはなんですかっ!」
「義務とか、決めつけられること」
「ではっ!魔王、ではなんだかよそよそしいのでディスタッ!」
「ん?ディスタ?」
「ではディスタッ!全国の女の子達が言いたくても言えない質問!」
 全国の女の子達は首をかしげた。
「第七問!好みの異性のタイプはなんですかっ!」
全国の女の子達は「きゃーっ!」と黄色い悲鳴を上げた。
 魔王という存在は基本的に美形なので、ミーハーな女の子達の間ではけっこう人気なのだ。
「んー、外見も大事だけれどね、中身は頭の良いのがいいかな。」
「そーですよね、外見も大事ですよねー。というわけで全国の女の子達は自分に磨きをかけてください。ちなみに俺は性格が可愛い女の子が好みです」
 この瞬間、レポーターは全国の女の子達に訳もなく(いや一応あるのだが)女の敵と認識された。
「まぁ男でも女でも別に構わないけど」
「ええっ!ディスタもヘンタイだったんですか!?」
「違うと思うけど、まぁ来るもの拒まずってとこかな。」
この森の魔王はこのうかつな発言のせいでこれから先さまざまな苦難を味わうことになるのだが、それはまた別のお話。
グアウ!
獰猛な唸り声を上げて噛みかかってきた一匹をするりとかわす。
ガチン!
歯と歯の噛み合わさる音が響いた。
「では最後の質問!あ、ちょっと接続切ります」
ブツッ
「さて・・・と」
レポーターからおちゃらけた雰囲気だけが綺麗に抜け落ちた。
ふっとレポーターが消える。
黒い服を着たレポーターは、気配を消すとあっという間に闇に溶ける。
レポーターの服の金のボタンが薄明かりをはじいて光った。
ゴキッ
グキン
バキッ
洞窟内に鈍い破砕音が響きわたる。
「人間にワーウルフを殺す音を聞かせたくないか」
「健全な青少年に悪影響を与えるとまずいかと思ってね。―――すみませんでした、放送を再開します。では最後の質問。ディスタは勇者という存在についてどう思いますか?」
この質問に、全国の聴衆たちは息を呑んだ。――――魔王にとって宿敵ともいえる勇者の事を訊くとは。
「別に?なんとも思ってない」
しかし、聴衆の緊張をあっさりと砕いた魔王はいった。
「確かに賞賛に値する能力を持った勇者もいるけどね、大体は相手にするのも馬鹿馬鹿しい雑魚。しかもその雑魚がオレの昼寝を邪魔するときた。冗談じゃない。あんな力量で死にに来る人間どもの気が知れない」
のちにこのセリフを聞いて全国の勇者たちは憤慨し、修行に励むようになる。
「それじゃありがとうございました!最後に聴衆に一言!」
「昼寝の邪魔をするな」
 唐突に向けられた言葉に、全国の聴衆たちは冷や汗をかいた。
「ありがとうございました!それじゃサヨナラ〜」
 そのまま見送るかに見えた魔王は、気が変わったとばかりにレポーターに声をかける。
「待った」
「まてといわれてまつ性格ではありません〜♪」
「名前は?」
「俺のですか?言うわけないじゃないですかー。言っちゃったらアレですよ、正体ばれるし。さて、みなさん。次の放送まで本など読んでお過ごし下さい。」
「他の魔王のところにも行くつもりなのか。ずいぶんと大きくでたね」
「いやあ、それほどでも。さて、俺の名前と来たね。・・・・・全部終わったら教えてやるかもしんない。まぁ気分次第かな。今はさすらいのレポーターとでも呼んでくれい」
マイクの電源を切り、おそらく素であろう口調でしゃべるレポーター。
「へぇ。じゃあその時にオレの名前も教えてやるよ。」
「アレ?ディスタって名前じゃないの?」
「ディスタカルトは魔王を継ぐときに一緒に継がれる名称。魔のモノとしての名は別にある。まあ知りたければ他の魔王達のところでも生き残ることだね。」
 森の魔王は気まぐれだった。致命的なほどに。
 人間に名を教える意味。
 それを知っていながら、あっさりと名を教えると約束した。
「ふーん。んじゃあんたも楽しみにしとけよー。んじゃバイビー!」
びゅんとものすごい勢いで走り去っていったレポーターを目で追いながら、なんとなく気付いた。
 あの少年は、おそらく自分とは違った意味で自分以上に気まぐれだと。





 

数時間後、魔王ディスタカルトに襲撃されラジオを強奪された電気屋のオヤジは、ちょっと本気でレポーターを呪ったとか。







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